やがて飲み物のサービスが始まった。
鮮やかな原色の衣装を身に着けた、浅黒い肌に黒髪のフライトアテンダントが、各シートをゆっくりと回る。
学生の頃、小金をためては旅に出た時期があった。少ない資金を有効に生かすために、格安航空券を利用したものだが、その時の接客とは雲泥の差だ。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
物腰とおなじくらいやわらかな声と笑顔で尋ねられた。流暢なフランス語だ。少しかがんだ拍子に、彼女のまとめ髪に差した白い花がふわりと香った。
ワインを一杯頼むと、花の名前を尋ねた。
若々しい笑顔の女は、クリスタルのグラスに注がれた赤ワインを差し出しながら、国花である花の名前を告げた。
芳醇な香りのする赤い液体を口に含み、ふと、わが恋人の会社のファーストクラスは、いったいどんな乗り心地だろうと想像を膨らませてみた。
だが、オンとオフをしっかり分けたがる彼女は嫌がるだろうし、庶民では手の届かない運賃を支払うためには、ベストセラーの一冊も書かなければいけないだろうから、実現しない夢をみるのはやめた。


どれくらい眠ってしまったのだろう。
肩を揺り動かされて、着陸を知らされて目が覚めた。トランジットのために一旦下りなくてはならない。
三ツ星レストラン並のヌーベル・キュイジーヌに舌鼓を打って、座席の前のモニターに映るハリウッド映画を眺めているうちに、うとうとしてしまったようだ。おかげで結末は見逃してしまった。いなくなったヒロインを追うか追うまいか悩んでいた主人公の心情をロックなBGMが盛り上げているところまで見て、『おれなら迷う間もなく追うのにな』と思ったのまでは覚えている。お定まりのハッピーエンドだとしたら、どんなラストかは容易に想像がつくので、あまり惜しくもなかった。
それよりも、行き先だけしか知らされていない旅で、食べられる時に食べ、眠れる時に眠り、彼女の課す課題をクリアするため、心身共に備えることの方がよっぽど今の自分にとっては必要なことだった。


トランジットで降ろされた空港は、だいぶ前に一度訪れたことがあったが、あの時とは違ってひどく物々しいように感じた。以前より警備員の数が増やされたような気がするし、壁にある注意書きはテロを警戒してのものばかり目についた。
パリにいても感じるが、あの日から世界は変わってしまったのだなとつくづくと思う。

独立戦争にわが祖国も多大な力を貸した自由の国。自由主義の先兵として戦いつづけ、その後、幾多の戦争を経て、この国はより自由になったのだろうか。世界は理想に近づいたのだろうか。
世界中を飛び回っている彼女は、日常的に肌で感じていることだろう。今までそんな話はしたことがなかったような気がするが、今度、折りを見て聞いてみようかと思った。

そろそろ出発の時刻だ。
乗り継ぐはずの便名が空港ロビーの天井や壁に反響しながら耳に届いた。
この飛行機が最終目的地まで運んでくれるはずなのだが、そこで彼女はおれを待っていてくれるのだろうか。白い花でも髪に差して。
経度から経度を渡って旅して来たおれは、今度は緯度を遡って赤道を越える。




(つづく)











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