便名が指定してあるということは、これに乗らなければ彼女の計画は狂ってしまうのだろう。
飛行機の出発時刻から慌てて逆算をする。空港までの所要時間、搭乗までに空港でかかるであろう時間。
家を出なくてはならないタイムリミットまで、おれの計算によると残された時間は、あと15分。

以前、腹を立てたおれが、彼女の服一式を、下着まで勝手に洗濯機に放りこんだことがあった。まだ深くお互いを知る前だったから、彼女は真っ赤になって怒って恥ずかしがった。
それから時々、他愛もないいたずらを仕掛けあうようになった。

だが、これは度が過ぎている。

でも、乗らないわけにはいかない。
この先におそらく彼女が待っているのだろうから。

着替えや日用品をパッキングするのはあきらめて、ともかく目的地に辿りつくまでの最低限の装備をかき集めると、戸締りと火の元を確認して家を飛び出した。はっと気づいて、鍵を再び開けて寝室に飛びこむ。ベッドサイドの引き出しの奥を探り、しまい込んであったパスポートを引っ張り出した。国内だから大丈夫だろうが、念の為に持っていこう。

息を切らせて空港に辿りつくと、既に搭乗案内は始まっていた。慌ててカウンターで搭乗手続きを済ませると、
「預けるお荷物はございませんか?」
と尋ねられた。
ありませんと答えると、そうですかとあっさり引き下がったが、手荷物すらろくにないおれを見て、きっちりと流行りの化粧を施した営業スマイルに、少しだけ怪訝そうな表情が浮かんだ。
NYやロンドン辺りなら、ビジネス目的で軽装なのも不思議ではないが、目的地が目的地だけに、無理もないかもしれない。

9.11以来厳重になったセキュリティチェックと手荷物検査に多少いらついたものの、何とか出発予定時刻ギリギリで滑り込むことができた。おれが最後の搭乗客だった。

シートに身を沈めてベルトを締めると、やっとひとごこちついた。
全力で走って、間に合うかどうかと神経をぴりぴりさせて、短時間のうちにかなり消耗した。
彼女が用意した席はビジネスクラスで、体を伸ばして休めるのがありがたかった。
ビジネスクラスをチョイスしてくれたのは、彼女の愛ゆえだろうと思うことにした。
広々としたキャビンにはわずか20席ほどしかなく、濃紺のシートは体の重みをしっかりと支えつつも、やわらかく包み込むような弾力性があり、快適だった。
これがエコノミークラスだったら、おそらく彼女を恨んだことだろう。
なにしろ、これから十数時間をここで過ごすことになるのだから。

まもなく、離陸を知らせるアナウンスが流れた。




(つづく)









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