The Quest for........ ?


明るい陽射しの下から建物に入ると、中は薄暗く、人の気配はなかった。
目が慣れてくると、板張りの床の上に敷いてあった鮮やかな配色のラグが最初に目についた。
はるばる旅して来たおれを、"わが姫"は静かに座って待っていてはくれなかった。


「明日から一週間留守にする」
そう告げて彼女が旅立ったのは、おれの誕生日3日前のことだった。
先月までは、誕生日前後の仕事の入り具合に探りを入れて来ていた。だから少しは期待して、早めに仕事を切り上げておいたのに、ある時を境にぱったりその話題に触れなくなったかと思うと、いつもと変わりなくシャルル・ド・ゴールから飛び立って行ってしまった。
完全に忘れているのか、それとも申し訳なくて、わざとそっけなくしているのか。
恋人同士になってからもあいかわらず、彼女の気持ちは時に捉え所がない。

サプライズで帰って来るのではないかと前日からオフにして待機していたが、もうまもなく日付が変わり、おれは一つ年をとる。ぼんやり壁にかかった時計の秒針を眺めていると、遅い時間にも関わらず電話のベルが鳴った。

もしかして。
取り落としそうになりながら子機を取り上げる。
「もしもし?」
電話の向こうで、少しすまなそうな顔で笑っている彼女が目に浮かび、期待に声が思わずうわずった。
「もしもしアンドレ?」
声を聞いて落胆する。
「なんだ、おふくろか」
「なんだはないでしょう?せっかくお祝いをと思って電話したのに」
確かにこっちの勝手な都合であって、言い分はもっともだ。明日はこちらも何かと忙しいだろうから、一足早いが電話をかけて来たのだそうだ。
「ああ、ごめん。うん、元気にしてる、体調はずっといいよ。ありがとう……」
おふくろが、おばあちゃんに替わると言う。珍しいな、今まで誕生日だからって、おばあちゃんが電話をよこしたことなんてなかったのに。
「アンドレかい?元気そうでなによりだよ。ところで」
彼女のことを尋ねてきた。珍しく電話口に出たのはそのためかと納得する。春に連れ帰ってから、いたく彼女のことを気に入って、孫のおれよりも大事に思っているんじゃないかと疑っていたが、今、それが確信に変わった。
「オスカルなら仕事でしばらくパリにいないけど。え?誕生日にいないなんて、ふられたんじゃないかって?やめてくれよ、おばあちゃん!」
縁起でもない。受話器を握った手が少しだけ汗ばむ。振られてはいないと思う。
そして、仕事熱心で自由な彼女がおれは好きなのだから、この状況は少しもおかしくないのだ。たぶん。
おばあちゃんは、彼女に"捨てられないために"どうしたらいいか、とうとうと諭す。いらぬおせっかいに泣きたくなりながら、一応はありがたく聞いて電話を切った。

足を肘掛の上に投げ出して、ソファに脱力したように寝転ぶと、夕方ポストから拾って来た手紙の束を取り上げた。
明らかに請求書や雑誌の新刊案内とわかるものは後回しにする。
最初に開けた封筒からは、大きなバースデーケーキが描かれ、イタリックで"Bon Anniversaire!"の文字の入った、オーソドックスなカードが出てきた。
見覚えのある文字が、"今年は美人の彼女と2人きりでいいよな"とひやかしている。
今、横に彼女がいたらきっと笑って読めたのだろうが。

2つ目の封筒を手に取った。
差出人がない。何の変哲もない白い封筒。
いぶかしみながらも封を切ると、中味は航空券だった。それ以外は便箋一枚、メモ一枚入っていない。
印字されている内容を確かめる。出発は本日の最終便!行き先は……。

瞬間、肩越しに振りかえり、青い瞳にいたずらっぽい光をたたえた顔が、脳裏にありありと浮かんだ。金髪に半ば隠された唇が「ここに来い」と、言葉を形作って動いた。

差出人など書いていなくてもわかる。
おれに、こういう綱渡り的なことをさせるのは一人しかいない。




(つづく)








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