星あかり



「フェルゼンのばかやろう!!地獄へいっちまえーっ!!」
泣きながら殴りながら殴られながら、オスカルが叫んだ。
きっと体の痛みなど感じないくらい、心の方が痛んでいたのだろう。

酒場の外に2人放り出されて、気づいた時には彼女が隣に横たわっていた。
大貴族のご令嬢が安酒場で殴り合いのけんかをして、血と埃で汚れた顔で地べたに倒れている。ありえないシチュエーションにふとおかしくなった。
「女だとばれなかっただけでも、もうけもんだったぜ」
そんなセリフが口をついて、彼女を抱き上げた。

触れれば嫌でも感じてしまう、彼女の体が女性であることを。

初めて出会ったあの日から、片時も離れず共に生きてきた。
身分の違うおれとお前では、それすらも奇跡に近いのに。
……愛してしまった…告げることすら許されないのに。
一縷の望みさえ抱いてはいけないと知りながら、それでも愛されたいと懇願してしまうのが、一人のひとを愛するということなのだろうか。

彼女は北欧から来た男に恋をしている。
他の男が彼女の心を捉えていくのを、ただ黙って見つめていなければならないのだとしたら、せめて彼女の心にそっと寄り添おう。

そう思って片恋に苦しむ彼女の気持ちを思いやってみる。
普通の女性として育っていたのなら、どうしているだろう?
母親や姉に相談するだろうか?それとも同性の親友に打ち明けて泣いて、それであきらめるのだろうか。
だけど彼女は、叫び出してしまいそうな心の苦しみを抱えきれない時でさえ、こうして人知れず一人で泣くしかないのだろう。

わずかな月明かりに照らされた彼女の汚れた顔に、そっと自分の顔を近づけてみると、そこには涙の跡が残っていた。

どうしようもない愛しさがこみ上げる。
唇をそっと重ねた。冬の凍てつく空気にその部分だけが熱くなる。
……これは友愛のくちづけだ。
いくら自分をごまかしても、焦がれつづけた彼女の唇はそれを許さない。
そっと触れただけで心臓は早鐘を打つ。
彼女の唇はやわらかく甘くて、のめり込みそうになる。
次第に深くなるくちづけ。
応えてはくれない彼女の唇に自分の唇を優しく滑らす。
うっすらと開いた口元から彼女の中に滑り込みたい衝動にかられる。

愛撫になりかけて、引き返した。



「星がきれいだ…このまま朝まで、お前を抱いて歩くぞ」
彼女のぬくもりを確かに腕に感じながらも、星空に視線を逸らした。
人間の運命を支配するといわれる星々がまたたく。
それを見上げてもおれの未来は闇に包まれたまま、見えない。